2015年03月12日

#29

花は咲く
東日本大震災から、4年が過ぎました。昨日は、TVで震災関連の報道がたくさんありました。
普段から継続して放送しているのは、NHKだけのような気がします。
これからも続けてほしいと願っています。
***
今年は阪神淡路大震災から、20年の年でもあります。
当時宝塚にあった自宅1Fの小さな工房で、削りかけのミンミンゼミの木片が床に散乱していたのを思い出します。
あの日から、20年。これからも前を向いて、自分らしく生きていきたいと思います。
(高知県・久保田)
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2015年03月11日

#28

28.JPG
お世話になっております、いつでもあくびです。

宮城は雪景色の朝でした。
今日は11日。

今日で東日本大震災から4年になりました。
被災地各地は慰霊祭、追悼式、震災関連の行事が各地でおこなわれました。
あれから4年、まだ4年、もう4年。感じ方は人それぞれ…。
今だ仮設住宅には沢山の方がおられ安心して暮らせる生活が足踏み状態なのでは?と思います。あくまでも仮設ですよ仮設。長く住む住宅では無いのです。

政府が被災地にやる事はまだまだある。
でも手をつなぎ、絆をつなぎ自分達の力でなんとか一歩一歩復興へ歩みだしてる…まだまだ先は有続くのが現状。私達は命の大切も忘れない。

あの時の支援等沢山の方々に日々感謝を忘れず一日でも早く復興し皆さんが笑顔になれる日が来るのを楽しみです。

今夜はあの日の夜と同じ、寒く小雪が降る宮城の夜です。

(宮城県・いつでもあくび様)
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2014年03月13日

#27

震災は金曜日でしたでしょうか、僕は郵便局に勤めています、動きだしたのは日曜日普通郵便は配達休日で書き留め速達ゆうパック、追跡郵便でした、あまりありませんでしたが、バイクで配達した御宅で娘の北海道行き入学願書を持って行ってほしいとお願いされました、いつ届くかわかりませんでした、でも日付消印があれば大丈夫と思い、御預かりして、もどりすぐ処理をしてもらいました、あの娘さんも大学3年生ですね。
そのあとから大変でした、郵便にはレターパック、速達定形外郵便と宅配便さんにはない商品がありましたので、、配達しました。兵庫県にいる兄からも速達定形外で食料もらいました。
最初の日曜日郵便屋さんがんばって!!といわれ嬉しかった。

(宮城県・いつでもあくびさんの隣のお兄ちゃん様)
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2014年03月11日

#26

今日3/11で東日本大震災から3年になりました。朝からNEWSで震災関連の記事に泣きそうになっていました。

いまだに行方不明の方が大勢いるのも確かで津浪がひどかった浜通り。山のようにあったガレキがかたずけられて殺風景です。復興住宅の建設も遅れている状況。まだまだ復興には程遠い感じです。今は寒い時期です。仮設住宅のお年寄りが火事で亡くなる事故が発生するなどの話も耳に入る悲しい現実。
自宅があっても避難解除されなく帰れない福島の皆様。この3年の時間がどのように感じているのか…本人じゃなければわかりませんし回りの人間にはわかりません。
後何年かかるのでしょうか?本当の復興まで…。何も出来ない自分に少し苛立ちを感じる時があります。でも慌てない事も大事です。“頑張ろう東北・負けねえぞ東北“
粘り強いのが東北人。

仕事中でしたが地震発生時刻に黙とうをしました。

日本中の皆様の支援や応援、本当に被災地は本当に感謝しております。決して忘れません。ただ風化していかない事だけを願います。NEWSで見るだけではなく被災地に足を運んで少しずつ復興してる被災地を是非見て欲しいです。美しい風景の観光地や美味しいものもありますよ。現地の空気を感じて下さい!宜しくお願いします。

(仙台市・いつでもあくび様)
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#25

東日本大震災から、今日で3年。
地震の起きた時間に、高知県東洋町でも町内放送で黙祷の呼びかけがあり犠牲者の方々へお祈りしました。

厳しい現実と向き合うことは、被災者でないとなかなか実感できないことだと思います。ニュースで報じられていることが、すべてでは無いでしょう。そのなかで復興に向けて元気に活動されている方の映像をみるとこちらが励まされました。

この震災に教訓があるとするならば、いつどこで起こるかもしれない災害に対して危機管理の意識と備えを忘れないことではないでしょうか。私自身、もしもの時にどこに避難するか、逃げる際にはライフジャケットを着用しようとか、家族で話し合い必要最低限の備えをしました。

被災地の復興と犠牲者の方々のご冥福を心よりお祈りしております。

(高知県・久保田)

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2013年09月11日

#24

全国の皆様、いつも東北にご声援ありがとうございます。日本中の皆様からいつも元気を頂いております。通勤中にすれ違う復興関連の大型ダンプカーの前に震災後から大きく書かれている“応援ありがとう“の目立つ文字に感謝の気持ちは忘れてはならないと思い知らされる毎日です。
今日で東日本大震災から2年半となりました。皆様お住まいの地域では東日本大震災関連のニュースは流れておりますか?
東北のテレビは毎日、震災関連、地域の復興状況、行方不明情報切れる事がありません。日曜日に7年後の東京でのオリンピック開催が決まり、明るいニュースで日本列島が盛り上がり景気回復の期待が望まれております。東北地方も決定に大変喜んでおります。でも少し前から福島第一原発汚染水問題に不安が残ります正直。ここに来てやっと日本政府が重い腰を上げて真剣に取り組む形になり遅すぎるのではと思っています。
そしてオリンピック開催に向けておこなわれる工事に東北復興の職人さん達も引き抜かれて、ただでさえ部材不足等で遅れていたりするのに大丈夫?…と不安を感じる人も少なくありません。日本政府は両立出来るとお考えなのでしょうか?やって頂きたいと願います。
まだまだ苦しい生活を強いられいる方々が沢山おられます。ガレキが片付けただけで復興に至っていない地域も沢山あります。これが現状です。雑草が生えて一面緑の草原化しております。一日でも早く以前の生活に戻れるようになって欲しいです。

今日は、大地震発生した時刻に静かに黙とうをしました。東北各地鎮魂の祈りに包まれております。

いつでもあくび
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2013年03月11日

#23

日本全国の皆様、いつも被災地にご心配頂きありがとうございます。皆様のおかげで少しずつですが復興に向かっておりますが、まだあの日から時間が止まり変わらないように見える被災地もありますが…。
東北を襲った震災から今日11日で発生から2年となりました。各地で追悼式などがありました。仕事の都合で私の地元の追悼式には出席出来ませんでしたが、地震発生時刻には黙とうをしました。決して忘れてはならない教訓も数々あります。また、今もこれからも本当に必要なものは"備え"です。将来日本中何処でも起こり得る地震。皆様も何かあった時どうするべきか"備え"を考えてみて下さい。
地元紙に毎日[再生へ心ひとつに]と書いてあります。これからも皆様のお力をお借りして以前のような東北再生へ何年掛かるか分かりませんが子供逹の為未来の為に向かいたいです。
(いつでもあくび)
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2012年10月01日

#22


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2012年03月11日

#21

朝からテレビ番組は震災一年伝えるものばかりで現地被災地の子供達が見たら思いだし震えてしまうような映像もあり、大臣、専門家、医師があの時どうしたら良かったやらを討論しており、危機管理の是非やら反省しておりました。今後の国の非常事態に繋がる話ではありますが、被災地は今日明日の話が欲しいのです。お役人と被災者との温度差を感じて見ておりました。

国は、これから東北にどうしてくれるの?
被災地の子供達はどうしてくれるの?って思って見ておりました。また、月日が経過するにつれて風化しないようにと…。

これから先、国には子供達の未来を考えた生活環境と復興プランを強国日本再建の為スピーディーにお願いしたいところです。

今日は、地元主催の追悼式に"いつもサンダル"氏と…。
帰りに運転しながら見る何もかも無くなった風景が、たった一年前までは美しい自然が多く釣り場があった故郷。朝から晩まで釣りをした事、元気のあるブラックバス達に出会えた事を思いだし、もう地元ではブラックバス釣りが不可能なのかなと、ちょっと悲しい気持ちになりました。

長々、勝手な意見を書きました。申し訳ございません。皆様から助けて頂いた事を忘れずこれからも"感謝一生"で頑張っていきます。
(いつでもあくび)
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#20

未曾有の大惨事を引き起こした東日本大震災から1年が経ちました。
あっという間の1年間で、未だに夢を見ているような感覚さえあります。

今日は各テレビ局で震災関連の特番を被災地から中継しているので、
多くの方々が視聴されたと思います。
私が住んでいる宮城県山元町は町の面積の4割が津波の被害を受け
2月29日現在で671名の死者を数え、いまだに19名が行方不明となっています。

沿岸部はガレキの撤去・被災家屋の解体が進み、何も無い更地が延々と続いており、
集められたガレキはうず高く積まれ、処理が進まないまま放置されています。
5m以上の高さがあった防波堤は、土のうによる2mあまりの仮堤防で
少し海が荒れると波しぶきが海岸通からでも見えるほどです。
地盤沈下により満潮時は塩水で浸かってしまう場所もあります。
福島第一原発から50キロあまりしか離れていないために放射能の影響も強く、
食べる物や子供達の健康面も大変気になります。

まだまだ復興には5年、10年と時間がかかると思いますが、
震災を受けなかった地域の方々には忘れる事なく記憶にとどめてもらい、
東北地方の復興に少しでも力を貸して頂ければと思います。

震災直後より、色々とお世話になりましたqf久保田様をはじめ、
支援物資を送って頂いた“nen”井上様、『とりあえずびーる』様、
本当にありがとうございました!

今年は復興元年、私も前向きに頑張って行こうと思います。
疲れた時にはバス釣りで気分転換をしながら・・・

“いつもサンダル”こと伊藤聖一
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